その災害による死者数の速報での値、50人以上、被害に遭っただけでも100人はいた。
平日、金曜日の午後8時頃に起きたことだった。
当時、数字が明確でない理由は五体満足の状態でその場にあった遺体が少なく、一部見つけられたとしても誰のものかすぐに分からなかったからだ。
被害に遭った場所は奥多摩のひっそりとした山の中で、きれいな空気と温泉が有名な所だ。山の中にはこの災害の専門家が集まる機関の本部施設があり、そこだけがその災害の被害を受けた。
混乱が続いた。
なぜこんなことに、なぜ、と。
寒空の下で俯く彼らの顔は青く、赤く、そして真っ白だった。
だが、誰も泣くことなく、黙々と千々に散ってしまった仲間を一か所に集めている。腕で顔を伝う汗を拭い、夜が深くなるにつれて下がる気温を感じていないかの様に皆袖をまくって作業していた。
皆この災害について理解していた、理解していたがあまりに悲惨なものだった。
「動ける職員の方は出来るだけ体を集めてください。調査員の方はみんなで集められるだけの状況証拠を、祓穢衆の方は調査が終わったらそこを清めてください」
1人の少女の凛とした声が辛うじて動ける大人たちに向けられる。少女の顔色は白いが、その目はこの場に誰よりも冷静であることが分かる。手には成人男性のものと思われる足が抱えられている。
体を集めるのは仲間のためでも自分たちの気持ちを慰めるためでもない。彼らの職業、そして彼らが戦っている相手にとって人間の死体は毒にも薬にもなるようなものだった。仲間の死体が利用されないためにも早急に回収しなければ次はもっとひどいことが起きるかもしれないからだ。
少女の白かったブラウスが赤くなり、一部は焼けている。見えている肌はほとんどが赤黒くなっているが怪我をしている様子はない。大人たちに声を掛けながら持っていた誰かの足を手当てしている人に渡すと、少女はすぐに両手で瓦礫を持ち上げてその下に埋もれている人を探しに戻った。
「警察の方にはきちんと連絡を入れて、消防署には明日の朝に間に合うように来てもらってください。道路は正面の山道が土石流で封鎖されたので、こちらから迂回路の案内役を出しましょう。案内はシバハラさんがお願いします。必ず名前と合流場所を忘れずに伝えてください」
大人たちはその少女の言うがままに動いている。大人が声を出せないという訳ではない。少女が二度同じような災害を経験している事を知っているからだ。一度だけでなく、二度もだ。
「佐山さん、佐山さんはいませんか!」
少女が佐山という人物を呼ぶが返事がない。短く息を吐くと瞬きをひとつして周りにいる大人に目線を送る。
「田澤さんと板田さんは事務所からホワイトボードと、書くものとか掲示板に出来そうなものを持ってきてください」
少女がそう声を掛けると二人の男性がまだ倒壊していない建物の中に向かって行った。
「佐山さんを見た方いらっしゃいませんか」
少女が大人たちに声を掛けるが皆顔を見合わせるだけだ。もう一度言うと、1人の女性が少女のそばまで駆けてきて言った。
「実は、昨日から姿が見えないんです」
「清地さんと、井野国さんは。それか食野さんは」
すぐさま少女が別の人物の名前を言うとその女性は首を横に振った。
「……見てません」
「分かりました、ではミタマ道の使用申請を沼塚さんにお願いできますか。私はイナサと一緒に一番近い信州支部に応援を頼んできます。もし佐山さんに連絡がついたら私が信州支部に行ったこと、それからすぐに陣粋舎に人員派遣要請をしてもらうように伝えてください」
「わ、かりました」
女性がそう言うが早いか少女はホワイトボードを引きずって向かってくる男性2人の方に歩いていった。
「三度の災害があの子に与えた物は緊張だけだ」
皆口を開き、誰が呟いたか分からない言葉をかき消すように声を掛け合い、かつての明るく温かい場所の瓦礫の下から知り合いの体を集めた。
「このままではいられない」
それだけであった。
霊的障害対策機関甲種「霊泉組合」関東本部・火乃原護用地でのその災害による被害は、最終的に当時出勤していた本部職員の半数以上、281名が死亡した。
死者の半分が即死であり、残りの半分は負傷による症状悪化による死亡だった。また、体の一部が見つかり事実上の死亡扱いになった。
専門家だけでなく、雇用された地域住民、たまたま訪れていた政府関係者、観光客も犠牲となった。当日訪れていた政府関係者と観光客は合わせて18人だったが、全員帰らぬ人になった。
霊泉組合の事実上の最高幹部会「二六会」の9名の内2名が死亡、5名が行方不明となる。
この被害は悲惨とも言える被害であった。
専門家が多数いる場所での被害として過去最悪であり、関係機関に大きな衝撃を与えた。
それだけなく政府関係者の死亡や少なくない観光客の死亡は、大きくニュースで取り上げられる要因となった。
甚大な被害の原因究明、未然にこの災害が防げなかったのかという責任の追及、遺族への補償などさまざまなことが霊泉組合に投げかけられた。
災害といっても地震や落雷などの自然災害ではなく、霊や妖怪が原因で起こる災害である。彼らは「霊的災害」と呼んでいる。
霊や妖怪たちは何らかの干渉がなければ、基本的には災害と呼ばれるほどのことを起こさない。電子機器を使えなくさせたり、道に迷わせたりといった悪さをすることがあっても一地域全体に影響があるような巨大な現象は起こさなかった。現代では霊や妖怪を信じる人があまり多くないことも、そういったことが起きにくくなっていた。
つまり霊や妖怪に干渉し、意図的に災害と呼ばれるほどの現象を引き起こす人物や団体が存在していた。
他人の生活を脅かすような組織があり、それを阻止する組織が「霊泉組合」であった。
この物語は、この災害が起こる半年前の、まだ温かった頃の冬の物語である。
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